緬羊書評協会

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小川一水『天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち』 -性愛は「きれいに」描けるか?

 

 

概要:羊無き小さな異界

 本作は『天冥の標』シリーズの中でも異色の一冊です。まず羊が全くと言っていいほど登場しません。確認したところ、「シーン」の一つとして「羊が草を食む牧場の東屋[1]」が登場するだけで、ストーリーには羊は全く絡んでこない。また、羊と言えばノルルスカインですが、彼もこの巻に限っては太陽系での通り名である「ダダー」でなく、「サーチストリーム」と名乗っています。

 第二に、物語の舞台が「メニー・メニー・シープ」以前の時間軸の巻としては極端に狭い。差し渡し4キロの小惑星に作られた施設に、《恋人たち》とゲストを合わせても6000人にも満たない人口。草創期のブラックチェンバーにも満たないこぢんまりとした世界で、物語は繰り広げられます。

 また、内容の異色さについては言わずもがなです。テーマが「性愛」なだけあてって、友人に読ませてみたところ「…ヤッてるばっかりで話が進まん…」と絶句されるほど。私も初読の際にはついうっかり電車の中で読み始めてしまい、読む場所をちゃんと選べばよかったと後悔した思い出があります。小川一水氏自身も10巻の後書きで

 

多くの方に通るショットガンエロを撃ちたいのか、それとも自分と好みが同じ人だけを狙ったスナイプエロを撃ちたいのか、決めていなかったこともあって、それがこの話の印象をいくらか混乱させたとは思ってます[2]

 

と述べているように、本作に限らずシリーズを通しての性描写については賛否両論がありそうです。まぁ、先ほどの友人は「でも、描写がすごいやさしいね」とも言ってくれていて、性描写はあるにはあるけどそれほどハードコアな描写は無い、という印象は私以外も持っているようなので、今から読むという方はどうぞ肩の力を抜いてお読みください。

 

感想:少年キリアンと名づけの魔法

 とはいえ、実は本作は(羊が活躍しないのに)個人的にお気に入りの巻でもあって、その理由の一つが主人公キリアンのキャラクターです。道徳家ぶろうとしても最後は性欲に振り回されてしまう。しかも床下手で異性の感情に鈍感。時々感情を爆発させるけど、すぐに弱気になる。ティーンエイジャーの青春の、「イタイ」側面を凝縮したような性格を持つキリアン少年ですが、反面、ものづくりのわざに関心をもったり、時々《恋人たち》の存在の根幹に関わる鋭い発言をするなど、「10代」がもつ可能性を感じさせる面もあり、非常に共感しやすい人物です。彼のこうしたパーソナリティはラゴスの中で生き続け、「宿怨」はもちろん、「メニー・メニー・シープ」でも重要な役回りを演じていきます。

 お気に入りの理由の二つ目が、本作のきれいにまとまった章立てです。「ボーイミーツガール」かつ、少年の成長物語、そして最後は敵ロボットをぶっとばしておしまい!という、ありきたりに受け取られがちな内容の本作ですが、各章の秀逸な名付け方はそれを補って余りあります。特に最後の三つの章、「人磯の寄る辺となるように」「坑道の暖かなベッド」、そして「救世群の恋人たち」。どれも《恋人たち》の生業の中心に存在する良いものを、最適な形で表現した名前です。こうした秀逸な名付けが、セックスという一歩間違えれば「だらだらどろどろして、周りのものを壊す」題材を扱っていながら、本作が全体を通して一種の清涼感を持ち続けることを可能にしているのでしょう。

 

[1] 小川一水「機械じかけの子息たち」、ハヤカワ文庫、2011、p104

[2] 小川一水「青葉よ、豊かなれpart3」、ハヤカワ文庫、2019、p368

 

 

天冥の標Ⅳ 機械じかけの子息たち

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