緬羊書評協会

読んだ小説の感想、思い出、時々書評

山尾悠子『飛ぶ孔雀』-筋を追わない小説

あらすじ:あらすじが書けない

 「火が燃え難くなった世界」での人々の群像劇。前半部分「飛ぶ孔雀」では庭園で二人の少女が孔雀に追われながら火を運ぶ儀式が、後半部分「不燃性について」では火が燃え難くなる原因になった事故が起こったという「山」へと登場人物たちが移動していきます。

 

解説:繰り返されるモチーフ

 むりやりあらすじをまとめると以上のようになりますが、これでは到底本作を説明することができているとは言い難く、むしろあらすじに書くことが不可能な要素こそがメインであると思います。このように、普通の小説が備えているような「筋」が無い点が本作の最大の特徴です。様々な登場人物たちの行動が章ごとにばらばらにされて、時々思い出したようにつながりながらも、全体像がはっきりすることがないまま描かれていきます。おそらく厳密に分析すれば、各章のつながりを徹底的に洗って筋のようなものを描き出すことができるのでしょうが、それはもはや「考察」の域に入ってしまいますし、私は本作に限っては考察はしないほうが良いと思います。

 本作が考察意欲を刺激するのは、各章ごとに、思わせぶりかつ微妙なつながりが存在するからです。成長していく石、「岩風呂」、山の決まった場所に落ちるという雷、「骨」というイメージ、こうした要素が繰り返し登場し、そして全編を「火が燃え難い」という設定が元締めのように束ねます。また繰り返されるのは設定だけでなく登場人物たちでも同様です。変装しながらQの前に何度も姿を現すHや、タロットのようなカードを操る謎の集団を始め、最後の最後で再登場を果たす二人の女性など、名前がついていない者も含めれば登場人物はかなりの数に上るはずですが、恐らく一度しか登場しない人物はほとんどいないのではないでしょうか。

 何を言っているかははっきりとは分からないけど、どこかで見た気がする要素が繰り返し登場するからなんとなく話が繋がっているような感覚に陥り、先へ先へと読み進めることができてしまう。「飛ぶ孔雀」はそんな小説です。また同じ設定、人物の描写が繰り返されるといっても読者に飽きを感じさせず、再登場時に懐かしさを感じさせるような絶妙な間が取られているので読んでいて苦痛にはなりません。

 本作は筋よりも幻想的なその世界観が主な作品であると私は考えているのですが、その世界観を「小説」という形で表現するために、あるいは小説としての体裁を整えるために作者は前述のような「絶妙な間で繰り返されるモチーフ」を取り入れたのではないでしょうか。逆にこの繰り返されるモチーフが無ければ、読者が本作を読み進めることは非常に困難になっていたでしょう。人は何かと筋を持った「物語」を求めてしまう生き物ですから。

 つまり本作は「筋」を見出そうと考察まがいのことをしながら読むのではなく、繰り返されるモチーフに助けられつつ小説の中の幻想世界を感じながら読み進めるのが理想なのではないでしょうか。もちろん小説の読み方に絶対的な正解があるわけではありませんが、本作に限ってはいたずらに筋を追わないのが賢明なのではないかと思いました。

 

最後に:「鴨が好き」

 本作の特徴として「繰り返されるモチーフ」を挙げましたが、以前似たような映像作品を見たことがあったのでこの場を借りて紹介させていただきます。

 


鴨が好き/ I like ducks

  キューライス(Q rais)氏の2017年の作品「鴨が好き」です。この作品もまたあらすじを書こうとしても、「中年男性が散歩がてら公園に鴨の餌やりに行く」としか書けず、それでいてあらすじだけでは表すことのできない何かを含んでいる不思議な作品です。

 顔が赤く染まった髪の長い存在、赤い服のカップル、Yが好きな謎の監視人、黒い顔のボブカットの女性など、この作品もまた「飛ぶ孔雀」と同様に多くの繰り返されるモチーフを含んでいます。コメント欄には各々が考えた様々な考察が並んでおり、そういった考察に目を通すのもそれはそれで楽しくはあるのですが、あえて筋を追わずに、繰り返すモチーフに心地よく身を任せてキューライス氏の世界を感じるというのも、この動画の一つの楽しみ方ではないか、と思う次第です。

 

 

飛ぶ孔雀

飛ぶ孔雀

  • 作者:山尾悠子
  • 発売日: 2018/05/10
  • メディア: 単行本