ひつじ図書協会

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#天冥名セリフ 【 Ⅶ 新世界ハーブC 】

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 #天冥名セリフ で募集され、最終巻の帯を飾った「天冥の標」の名セリフたちの解説記事です。今回は「暗黒の十五少年漂流記」こと「Ⅶ 新世界ハーブC」からお送りします。ネタバレ全開です。

 

こんな要求の山、理不尽の山、どうしたって!こんなのは、どうすれば!(ハン・ロウイー、p164)

 冥王斑汚染を逃れて、セレス・シティ地下の核シェルター「ブラックチェンバー」に収容された5万人の子供たち。数少ない大人たちは、外部からの攻撃からチェンバーを守るための戦いで、或いは絶望のあまり自殺してみんないなくなってしまった。

 

 エスカレートしていく子供たちの縄張り争い、尽きていく食料、溢れる死体。成り行き上子供たちの命運を託された「スカウト」たちはまだティーンエイジャーだった。追い詰められたスカウトのリーダー、ハンが絞り出した叫びがこのセリフである。

 

 チェンバー内のただ一人の成人男性、オラニエ・アウレーリアがハンに協力を約束し、ひとまずその場は収まる。この後、スカウトたちはチェンバー内で起こった争乱の鎮圧に向かうが…

 

 

僕たちが人類であり、人類といえば僕たちになったんだ。厳密な意味で。(ハン・ロウイー、p213)

 チェンバーに加わったメララ・テルッセンに、外の人類が全滅したことを告げるハンのセリフ。

 

 ティーガー・レックスが起こした争乱の鎮圧で、スカウトたちは誤って500人余りの子供を殺してしまった。現実逃避して死体処理を後回しにしている内に、死体が腐敗してチェンバー内に虫が湧き始める。

 

 スカウトたちは汚染区域を閉鎖することを決意する。こうして、10あった区画のうち半分が生存者もろとも切り捨てられた。2万人を越える子供たちを見捨てたスカウトたちは、全人類の支配者として君臨することになった。

 

 自信のなさを大言壮語で覆い隠しているかのような、憂鬱そうな支配者たちと、反抗するべきではないとわかっているがゆえに、ひたすら媚を売る子供たち。現実に何度も落下したダモクレスの剣が、頭上にぶら下がり続けて全員を金縛りにしている。

 

 メララはそんなチェンバーの現実を、「地獄」と評した。

 

 

俺は裁かれたい。解答が欲しい。この世界で、本当はどうすればよかったかの。(ハン・ロウイー、p333)

 「重力が強まる*1」という不可解な現象のおかげで、できるはずが無かった子供がチェンバー内でできるようになる。人口増加により限られたリソースが足りなくなることを危惧したスカウトたちは、セックス禁止令を出す。

 

 しかし子供たちはこれに反発し、次第にスカウトたちの統治下を離れていく。彼らはチェンバーを新たな故郷と思い、子供をつくって根を下ろすつもりだった。しかし、ハンの気持ちは違った。

 

 「いつかチェンバーの外から大人たちが助けにきてくれる」そう信じてハンは理不尽な要求の山と戦い、時に子供たちを切り捨てながらなんとかチェンバーを維持してきた。自分が間違った決断をしても、いつか大人たちが自分を裁いて正しい道を示してくれると思ったからやってこれた。

 

 そんなハンにとって、太陽系が壊滅したことを認めてチェンバーを故郷と思うことなどできない相談だった。

 

 この地を故郷にすることは、おれにはできない。できるのはここを保ち続けること。いずれ来る変化のときに向けて、どうにかこうにか、ここを維持することだけなんだ。

 

 この時、ハンは20歳になったばかりだった。

 

 

ライオンに会いたい……(アルカディー・クロッソ、p380)

 ハンに代わって政権を握ったサンドラ・クロッソは、チェンバーを新たな故郷とすべく様々な政策を打ち出し、生活を安定させる。そしてチェンバーに、「メニー・メニー・シープ」という名前をつけた。

 

 しかし、そんなサンドラの息子のアルカディーは、失われた太陽系の文物への憧憬を捨てられなかった。自分たちはもう「メニー・メニー・シープ」の中でやっていくしかないと分かっていても、かつて繁栄を謳歌した太陽系社会を諦めきれない。

 

 誰もが抱いてもおかしくない気持ちだが、チェンバーに根を下ろすことをとっくに決意していたサンドラの政府が、そんな哀愁を放っておくはずが無かった。

 

 

わたしらぁはわたしらぁのはなしらぁ、子供たちにいげ聞かせおればいいのよ。(メララ・テルッセン、p385)

 ここは惑星ハーブCの植民地、メニー・メニー・シープ。我々は恒星間移民船シェパード号でやってきた移民者だ。着陸前の事故で高度な技術は失われたが、シェパード号のエネルギー炉はまだ植民地の暮らしを支えている。太陽系文明は、いままさに「拡散時代(バルサム・エイジ)」を謳歌している—

 

 そんな虚構の物語を、サンドラの政府はメニー・メニー・シープに広める。こうしてブラックチェンバーでのスカウトと子供の苦闘、救世群という脅威の存在はフィクションによって覆い隠された。そしてメララは、自分たちの子孫=羊飼い たちに「プラクティス」の歌を伝えていくのだった。

 

 

行きましょう、アイン。今はもう、ここが世界よ。(ミゲラ・マーガス、p404)

 西暦2555年。年老いたミゲラは、アイネイアにこう声をかける。

 

 メニー・メニー・シープの暮らしはすっかり安定し、首都オリゲネス以外にもセナーセーを始めとする諸都市が興る。そして、ブラックチェンバーの真実は忘れ去られ、若い世代はサンドラの物語を信じ、ここを「新世界ハーブC」だと思い込んでいる。

 

こうして、「Ⅰ メニー・メニー・シープ」へとつながる、植民地の歴史がはじまった。

 

 

次回:【 Ⅷ ジャイアント・アーク 】篇

前回:【 Ⅵ 宿怨 】篇 

 

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*1:セレスの重力が強まったのは、この時セレス中心に移動していたドロテアの仕業。セレスを丸ごと宇宙船にして双子座ミュー星へと向かうために、謎のテクノロジーで重力を強めてセレスの強度を高めたのである。つまりはドロテアのおかげでメニー・メニー・シープ人は子供をつくって種を存続させることが可能になったわけだ。ダダーの協力のもとドロテアの電力をかすめ取って生き長らえたり、なんだかんだでメニー・メニー・シープは不倶戴天の敵ドロテアに生かされているのが皮肉な成り行きである。